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私はいのち

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生命(いのち)にのみ意識がある。
『わたしは生命である』
形態に生命があると思い、形態が実在となど云ってはならぬ。
生命が形態を創造るのであって、しかも形態より独立しているのである。
心をいろいろと操ることによって理屈を立ててこの生命を限定し、
かくて心の彼方にある全体への道を閉じてはならぬ。

生命は不可視で、しかも実質であり、普遍である。
形態は生命の表現である。
眼前の様々の形態は不可視の生命全体の表現である。
全体は決して分割されるものではないからである。
                     心身の神癒より


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2019年。
いろいろあってもどうにかなんとなく過ぎていく、
そういう年にはならないだろうね。

地球の中心に意識を向け、
ひとりひとりが心を活動させて、
なるべくゆったりと過ごしていきたいね。


私はいのち
安心と喜びのいのちを生きる


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本当の喜び


何かを得た、何かが出来たことが私達の喜びだけれど、
本当の喜びは、ふと湧いてくるものなのだろうね。
自我が完全に沈黙した瞬間に、込み上げてくるのものなのだろうね。

ここにある全てはいのち、そのいのちに生かされ
いのちと共に生きるという喜びなのだろうね。

生き抜くことに必死だった私は、必死が塊になってしまって心にあるから、
これ、崩してしまわないとね。
自分を褒めて、ご褒美をあげながら、過ごしているところ。
そうして、心の奥にある溢れんばかりの喜びを表に出していきたいなと思う。




全てのいのちへの祈り



みんながみんなの幸せを祈れるといい。
みんなの心は繋がっている。
意識しようとしまいと、思いは影響しあっている。

誰かのために祈ることは、自分への祈り。
神様への祈りは、全てのいのちへの祈り。

ここに在る全てのものはいのち。
何も無いところから、人が創りだしたものなどひとつも無い。
全てはいのち。


生きとし生ける全てのいのちが、
安心と喜びに満ち溢れますように。



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画像はお借りしました




精神世界を生きること

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今は、精神世界の情報がとても多い。
書籍にしても、その職業にしても、とても多いのにはびっくりする。
昔は大きな本屋さんに行っても、数冊の本しか置いてなかったものだから。

精神世界は、ここで、大地に根をしっかり張って生きることだと思っているので、
様々な情報にはわりと関心が薄い方かも。

私には生きるということが大事。

ここまでの、長い年月の体験が一層、私をそうさせるのだろうし、
自分を生きることを始めたのが、とても遅かったのでね。

精神世界はこのいのちを生きること。
彷徨っても泥沼に胸まで漬かろうと、生き抜くこと。

肉体を通して体験し、心で分かっていき、
どれほど喜びに溢れているかという結果が大事なのだと思う。

参拝しても祈っても、喜びを生きていないと神様は近づけない。
喜びを生きていきたいね。




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豊かな大木は、喜びと安らぎを与えてくれる。
地中深くから力強いエネルギーを感じる。
何も心配しなくていいのだと、静かに伝えてくれもする。

そんなふうに心が暖かく広がっていくひと時が好き。
いのちの波動に合わせられるようなひとときを大切に思う。
自然界に意識を合わせることは、神様に意識を合わせること、本当の私になること。
そう思う。
幽界に生きる樹木は私の心に直接触れてくれる。



エレベーターに乗っているようなもの

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だるくて、眠い。眠い眠い。熱っぽいし。
ずっと続いているので、どうなっているの?と、聞いてみたら、

「エレベーターに乗っているようなものだからね。」 と。

どなたか分かりませんが、思った途端、お返事が来た。
目に見えない存在と意識が通じる。そういう事が急に増えてません?
お返事は、すぐさま来るというのが特徴だね。
魂の私からのおしかりなんて、思うと同時に来るんだから。

先日はこんなことも。
本当の私に、急に聞きたくなったことがあった。
私の恐怖、不安の元になっているのは何なのか?

私の生まれ育った家は、地獄の三丁目よりもっと真っ暗な世界だったから、
そこで、これでもかこれでもかと植えつけられたのだけれど、
その根っこにあるものって、何だろうと思ったわけで。

現れた私は、泣きじゃくりながら、答えてくれた。
それを聞いて、私は一瞬、言葉が出なかった。
そして、教えてもらった私も泣きじゃくったのだわ。。。

詳しく書くと、一ヶ月くらいかかりそうだし、膨大なエネルギーを消耗するから、
止めておくけれど。

恐怖や不安は私にはテーマだったから、
この時期に聞いたタイミングも良かったなと思う。
切なくて、あまりにもいじらしくて辛かったけれど、本当の私に近づけたかもしれない。

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近づけたというと、自然界ともっと親しくなったように感じるのだけど。
人と自然界の境が薄れていくような感覚。

思いの世界に生きている植物たちと、思いの世界へ移行して行っている私達。
そして、更に、いのちの時代へと進んでいくね。


嫌な思い、あってもいい。無いわけないもの。
ざらざらしても、ちくちくしてもいい。
だからこそ、行動したい。
私といういのちを。
いのちという喜びを。


なんか、今日はまとまらずに、、、エレベーターのせい? ごめんなさい。





安心と喜び

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喘いでも無駄。
底へ沈んでいくだけだ。


今この世に、メッセージを頂けないかと聞いたら、そう言われた。

不安だから、恐怖だから、喘ぐ。
今、世の中は不安と恐怖でいっぱい。
安心と喜びという、いのちを忘れてしまった。



安心と喜び
それ以外に幸せってある?

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心の時代が始まっているね。
心はいのちに繋がっている。
心が安心に、喜びに満ち溢れると、いのちは輝き始めるね。